<5、音響デザインについて>



 ここでは演劇音響についての音響デザインについて論じます。

 演劇が演劇として成立するスタッフワークの中で役者、演出家以外に必要なものは音響だけです。この時の音響は電気音響ではありません。劇場に於ける生の台詞の処理、生の効果音など劇場空間の音場をクリエイトする「音響家」が重要なのですが、歴史を振り返ってみてもそれが重要な部分として認められていません。その理由はその昔、劇場設計、建設に音響効果的処理がなされていたからでしょう。ヨーロッパにおけるオペラハウス、教会などにそれが顕著に見られます。

 しかしここ10年、舞台製作の進歩には目を見張るものがあります。特に音響においてはデジタル化の発展は急激であり、今や劇場の音響シュミレーションまでできるようになりました。マシンの性能の発達に人が追いかけているといった状況にあります。

 一般的に「音響デザイン」というとこれら最先端機器のシステム構築を指しているようですが、本来の「音響デザイン」とは舞台、空間の「音的空間の創造」のことです。システム構築は「音響システムデザイン」と言うべきでしょう。「音的空間の創造」は電気音響が必須条件ではありません。そこが「システムデザイン」との大きな違いです。

 音響デザイナーは「音的空間の創造」の為に上演される演目の充分な理解、演出家の表現意図をはじめソフト制作の基本主旨の幅をふくらませるまで考えた仕事が求められます。さらに空間の音響特性、音響機器の特性、効果を常に勉強し続けなければなりません。ゆえに音響デザイナーはシステムデザイナーの倍の勉強量が必要です。

 演劇における音響デザイナーは台本を読むだけで劇場で再生される音が聞こえて来なければなりません。これは「つかこうへい演劇の役者論」で書いたのと同じで「小説を読んでいると情景が見える」と同じことです。音響デザイナーは音が聞こえなければならないのです。もし聞こえなければシステムデザインは出来ないはずです。ましてやフェーダー操作などは出来るはずもありません。

 演劇に於ける音は耳に聞かせるのではなく、観客の第三の目に情景が見えるように再生されるべきです。そのために電気音響を使用する場合はより一層細かく音響デザインすることが必要なのです。

 しかしここまで発達してきた音響機器につい頼り、本来の音響デザインを忘れがちになっているのが現実です。「音響機器はあくまでも音を出すための道具」なのです。大切なのは皆で作り上げている舞台なのです。舞台は音響のためにあるのではないのです。

 誰のための舞台か?
 誰のための舞台美術か?
 誰のための照明か?
 誰のための音響か?

 真剣に再考しなければならない時期に来ています。

 ソフトの熟慮なき音響技術は通用しなくなる時代がすぐそこまで来ているように思います。